Burtonが誇る
チューンナップスペシャリスト
スノーボードムーブメントが一気に花開いた1990年代、スポーツとしての認知度を上げた2000年代、そしてオリンピックの中でも一際注目を集める競技となった今。激動のスノーボード史を彩る世界のプロスノーボーダー達を、チューンナップによって支えてきた日本人がいることをご存知ですか?
バートンプロダクトサービスで活躍する黒木康秀さんは、スノーボード界の歴史的瞬間を数多く創り出してきた陰の立役者です。
ヘイキ・ソーサー、ピート・ピロイネン、シャノン・ダン、テリエ・ハーカンセン…。彼のチューンナップで偉業を成し遂げたライダーの名を挙げれば、キリがありません。今年2018年2月に行われた平昌オリンピックでは、日本代表Burtonライダーの板を担当していたそうです。
今回はそんな黒木さんをお招きし、これまでのキャリアや名場面の舞台裏、スノーボードメンテナンスの大切さについて伺いました。スノーボードのバックステージ、チューンナップの世界を覗いてみましょう。
INTERVIEWYASUHIDE KUROKI
チューンナップの入り口はインスブルック
moro : Burtonプロダクトサービスは、保証・修理といった、ユーザーやショップとの窓口になる部署ですが、黒木さんは主にどんなお仕事を担当していますか?
kuroki : リペアスペシャリスト/ジャパンチームテクニシャンとして、主にサービスセンター内でリペア作業等を行っています。チューニングでは、Burtonメンバーやチームライダーなどのギアをメンテナンスしています。元々は、ヨーロッパの”スノーボードクリニック”という会社で、修理のスペシャリストとして働いていました。オーストリアのインスブルックでチューンナップを覚えたんです。スノーボードクリニックではボードのインサートを作っていて、Burtonとも仲が良かったんですね。それが今に繋がっています。
トップライダーたちの板の秘密
moro : 2018シーズンはオリンピックというビッグイベントがあり、世界中がスノーボード競技や選手、ブランドに注目しました。平野歩夢、マーク・マクモリス…。僕たちエンドユーザーはトップ選手と同じボードに憧れを抱くものですが、スノーボード選びで重要なのはモデルでしょうか?サイズでしょうか?
kuroki : モデルとサイズ、どちらも大切です。多くのライダーは日頃から使用しているボード(同モデル&サイズ)を大会で使用しています。憧れも大事ですが、モジェーンのような専門店に足を運んで、自分のライディングスタイルに合ったギアを選んでもらうことも重要だと思います。
moro : 因みに、トップ選手が使う板とお店に並ぶ板は同じものですか?それとも選手の板はそれぞれカスタムされているんですか?
kuroki : Burtonのチームライダーが使っている板は、皆さんが手にされる板と全く同じですよ。プロトタイプではなく、そのままを使っています。ただ、商品は常に次の開発に向かっているので、サンプル(発売前に展示会や試乗会で使用する物)を使っている事が多いですね。マクモリスも、片山來夢も、藤森由香も、みんなそうです。その中で本社(Craig’s)が興味を持ったライダーがいれば、色々試そうか、ということになっていきます。
moro : なるほど。そこからライダーが商品開発に関わって、シグネイチャーモデルへと進んで行くわけですね。
kuroki : 売れるものを作り出すというよりは、まず彼らが良いと思うもの、欲しいと思うサイズを再現します。JGやテリエの時も、最初はディテールよりシェイプに拘って、そこから少しずつサイズを変えて作り込んでいきました。そうやって完成したものがBurtonFamilyTreeラインです。コンペはコンペで、ショーン・ホワイトは通常のボードもサンプルボードも使っています。そこから「もっと硬い方が良い」等といった要望に合わせてプロトタイプを作ることもあります。テリエも、ベーパーはプロトを作ったりしましたね。
ビッグコンペのヨコノリな舞台裏
moro : 今年2月に行われた平昌オリンピックでは、LIVE中継で時折映るコーチ陣やスタッフ、チューンナップ道具等にも注目していました。ズバリ、あのバックヤードでは何が行われているのですか?
kuroki : 朝の公開練習では、何本かドロップインした後に、スタッフが撮影したビデオをコーチと確認しながら調整を行います。雪上コンディションが前日と違うことがあるので、ライダーと相談しながら、変化に合わせてチューニングを行っています。
moro : スロープスタイルの時に、レッド・ジェラード(USA)の板をチューニングしていたスタッフ にマーク・マクモリス(CAN)が板を渡しているシーンがあったのですが、チューンナップスタッフは国別ではないのですか?
kuroki : オリンピックではアメリカはアメリカのサービスマン、カナダはカナダのサービスマンというのが通常です。なので、頼りに行ったんじゃないですか(笑)。僕もよくそういったことがありました。TOYOTABIGAIRの時は、オフィシャルのサービスマンがいる中で、僕がチューニングをしているライダーが調子良い、っていうのが選手たちの中で話題になったらしくて。「やってもらえば?」みたいな事です。チャズとかNITROライダーなど、イエロ・エッタラもそうだし。僕は全然ウェルカムですけど、他の人たちがいる手前、自分でやるならいいよって渡してあげたりしましたね。
moro : それは意外でした。大会の現場で、他の選手が有利になるアドバイスを選手同士でしているという事ですよね?
kuroki : 選手同士が仲が良いと、そういった事が起こります(笑)。日本ではなかなか無い事だとはと思いますよ。最近の日本は、ヨコノリというよりも”競技”になってしまって、本来のスノーボーダーのノリが失われてしまったように感じています。でも、世界にはまだまだそういったヨコノリの空気が残っているんです。
moro : カルチャー要素が強かった90年代から、現在の先進的でコンペティティブなスノーボーディングまで、たくさんの大会や選手を見てきたと思いますが、昔と比べてチューンナップの方法は変わりましたか?
kuroki : ライダーが気に入ったボードを使用し続けるのは、今も昔も変わりません。ただし、大きな大会では、バックアップ(予備)本数が増え、それに携わる体制も変化しています。
維持か追及か、チューンナップの分かれ道
moro : MOJANEでは、ボード本来の持ち味を生かし、乗る人の好みに近付けるチューンナップを目指しています。特にニューボードは”誰よりも走るプレチューン”を目標にしていますが、黒木さんはチューンナップの重要性をどう捉えていますか?
kuroki : チューンナップは、ボード本来の持ち味を生かすことが大切です。ワクシング作業を何度か繰り返し、実際にライディングした感覚を吸い上げ、ライダー(乗り手)に合わせて仕上げていく作業が重要だと考えています。Burtonのボードは基本的に工場でオンライド(すぐ乗れる状態)に仕上げています。工程としてはダリングと、ディテューンと、バリ取り、ベルトワクシング。本当に買ったまますぐに乗れます。ですが、1週間乗り続けられるかというと、メンテナンスが必要です。因みにMOJANEではどんなプレチューンを行っていますか?
moro : MOJANEのプレチューンは、まずソールクリーニングを行います。海外の工場からお店に届くまでの間に静電気等によって吸着した汚れを落とす為です。次にユーザーに合わせたダリング、要望に応じたエッジチューンを施し、ワクシング、という工程です。エッジに関しては、まずはデフォルトで乗ってもらい、乗り慣れてきたころに調整していきましょう、という方針です。
kuroki : ボードのチューニングには2種類あります。まず1つは、買ったままの状態を維持して使う為のチューニング(錆取りやワックスなど)。もう1つは、ボードをカスタムして深めていくチューニングです。掘っていく人はずっと掘っていくし、スノーボードの面だけでスケートの様に滑る人もいます。深めるチューニングというのは、ライダーやお店の経験によって生まれてくるものです。僕がラッキーだったのは、やはり良い選手たちと仕事が出来たこと。それが次へ、次へと繋がりました。
moro : MOJANEもアドバイザーやヘビーユーザーの方々に、チューンナップの実験に協力してもらっています。自分だけでは比較できない事も多いですし、様々なスタイルのレビューを集めて、みんなで作り上げている感覚です。
kuroki : 今は、WEBサイトで誰もが何でも買えてしまうし、値引きや特典も多い。ですが、その競争で淘汰されて最終的に残るのは、メンテナンスのサービスをしっかり行っているかどうか、だと思っています。クレーム対応という意味だけではなく、アクティブスポーツに必要なケアが出来るかどうか。メンテナンスやチューニング、お客様のケアは、お金に換えられない部分で、ネットでは絶対に出来ない事だと思うんです。本当にスノーボードが好きな人が集まって出来ていくコミュニティの中で強まっていくと思いますね。
黒木さんの多彩なチューニング
moro : Burtonメンバーズプログラムでは、一般ユーザーのチューンナップも受付けていますよね。実は数年前、黒木さんが施工したCUSTOM X FVを見る機会があり、「MOJANEでもこんな風に仕上げたい!」と思ったんです。それから僕なりに色々試す中で、黒木さんにアドバイスを頂くこともありました。黒木さんがチューンナップで心がけている事はありますか?また、印象に残っているオーダーはありますか?
kuroki : 心がけている事はヒアリングです。お客様にボードの使用状況や次の予定等をしっかりと聞いた後にチューニング作業に入ります。お客様からのオーダーで最も多いのは、エッジを立てたいということですね。では、どのくらい鋭角にしたいのか、という話になると分からないんだけども、エッジを立てたい(笑)。あとは、お子さんの板を扱う際に親御さんとお話をする事もあります。ダリングをしたり、乗り易くしたり、直してあげたり…。 選手の中には、ダリングなしで全部のエッジを立てて欲しい、という子もいますよ。パイプの降旗 由紀ちゃんなんかは、1発目からのマックツイストをやりたいから、エッジに信頼を置きたいっていうことでダリングはほとんどしません。インパクトのある要望でした。
チューンナップで築いた信頼関係
moro : 僕が中学生だった頃、スノーボード雑誌で黒木さんのインタビュー記事を読みました。「テリエのボードを一晩中ブラッシングしていた」という内容だったのですが、覚えていますか?
kuroki : あの時は、ライダーが気に入って大会へ持ち込んだボードに対して、現場でベースとエッジの調整を手作業で行い、翌日に間に合わせる作業がたくさんありました。その積み重ねが、現在の信頼関係になります。
moro : 記憶に残っているチューンナップのエピソードがあれば教えてください。
kuroki : 全てが印象深い記憶ですが、その中から2つ。ソルトレイクの前の年、旭川サンタプレゼントパークで行われたFISワールドカップのデュアルGSで、何年も一緒にワールドカップを転戦し行動を共にしたフランス人のBurton EuroライダーChristophe Seguraが初優勝したことですね。雪質が刻々と変化していく中で、現場で調整を行い、ライダーと共に優勝することができました。当時はBurton japan, Burton Euro専属という形で回っていました。
moro : その大会、僕も観戦していました!高校生の時だったでしょうか、父親に連れて行ってもらいました。ハーフパイプも同時にやっていて、土井隼人君も出場していました。あの時も優勝の立役者は黒木さんだったんですね。
kuroki : みんながその選手(Christophe Segura)を応援していて、他のメーカーや選手たちともハイタッチしたのが凄く記憶に残っています。現在SG代表でBurton Euro専属アルパインのSigi grabner もいたし。今日は、当時のボード持ってきていますよ。ファクトリープライム(アルパイン)、スーパーモデルと、クレイグ・ケリーが乗ってた時代のものです(この日行われたBURTONMAINTENACECLINICでお披露目されました)。
もう1つは2001年、ノルウェーのアークティックチャレンジで、当時Burtonライダーだったヘイ キ・ソーサがハイエストエア賞を受賞した時ですね。この時のクオーターパイプセッションはスキージャンプの施設で行われたんですけど、エントリーしていたライダーがみんな高さが出ず苦戦していました。ヘイキは私のところへ相談にきて、ワックスの調整をしました。その後の3本目、世界記録(当時)が生まれたんです。本人がすごく喜んで、本当にありがとうと言ってくれました。飛び過ぎて震えていましたよ、嬉しいのと怖いのとでね。
チューンナップの楽しみ方
moro : 黒木さんがチューンナップを始めたきっかけやチューンナップの醍醐味について教えてください。
kuroki : 始めたきっかけを話してしまうと、小説本の様に長くなってしまうので、ここでは省略させていただきます(笑)。相手が自然(雪質)なので、状況の変化に合わせ仕上げていく事が面白さの一つです。その時の場所と雪質を受け入れて、最大限に楽しみましょう。
moro : 黒木さんは”舐めるとそれがどんなワックスか分かるらしい”と、小耳に挟みました。…本当ですか?
kuroki : 実際どうかと思って口に入れたことはあるんですけど、なんか美味しそうだなって。それが社内で話が大きくなって広がって「あの人、ワックス食べるんだ」みたくなっちゃったんですね(笑)。でも全然美味しくないし、本当に体に悪いので、絶対にワックスは口に入れないでください。
キッズの為のチューンナップアイディア
moro : 今や子供たちも大会で活躍する時代。マネージャーを務める保護者の皆さんにアドバイスはありますか?
kuroki : チューニング視点から見ると、大会などエントリーする場合、ボード、バインディング合計2セット用意しておくと、現場の状況に対応する事ができます。
スノーボードとバートンのこれから
moro : これからのスノーボードは、どんな進化が期待できるとお考えですか?
kuroki : 私たち(Burton)には、チームとCraig’sのように、プロダクトの進化に関わるスタッフがたくさん働いています。プロダクトに限らず、ユーザーへのサービスも、これからもっと進化するでしょう。
moro : 黒木さんのスノーボードキャリアの中で、ずっと乗りたいお気に入りボードを教えてください!
kuroki : 1999 Super model 81 (天神平、白樺湖のゲレンデで、コースはじからはじまで使って楽しんでました。) 2000 Super model 59(初めてNZでバックカントリー講習会に参加した際、山の石と喧嘩をして50m滑落してしまいました。) 1999 FP-7.8 200s(Burton GS Boardsの中で、僕に一番合ったシェイプとフレックスです。)今回ご紹介したボードは、サイズ、フレックス、トーション、シェイプ、デザインが僕好みで、今でも持っておきたいボードです。
moro : 最後に、この冬スノーボードを始めよう!という人に向けてメッセージをお願いします。
kuroki : MOJANEへ足を運び、諸橋さんを質問攻めにしましょう。そこからお客様のスノーボードライフがスタートします。
インタビューを終えて…
このインタビューは、黒木さんが講師を務めてくださったチューンナップのワークショップBURTON MAINTENANCE CLINIC の開催前に行いました。
スノーボード界をリードするトップライダーたちの板に触れている黒木さんのお話や実演によって、改めてチューンナップの魅力に触れた刺激的な1日でした。
僕自身10代の頃、雑誌”トランスワールドスノーボーディング”で黒木さんの記事を読んだことがチューンナップとの出会いでした。それ以来、友人のボードを実験台にワクシングを試していたことを思い出します。
20年の時を経て、ご本人にお越しいただき、インタビューする日が来るなんて!人生何が起きるか分からないものです。
また、この記事によってチューンナップに興味を持ってくれる人がいたら嬉しい限りです。
スノーボードの楽しさは、滑る事だけではありません。好きなライダーを追って映像作品を鑑賞したり、色々なセッティングを試したり、そして、チューンナップに時間をかけてみたり。まずは基本のメンテナンスから。次に、行先や天候に合わせたワクシング。更に、コンペを勝ち抜くためのエッジメンテナンス…。チューンナップの奥深さに触れるとスノーボードはもっと面白いものになると思います。
MOJANEは今シーズンも、ユーザーの皆さんとのチューンナップ情報交換や実験を楽しみにしています。